兵庫・ブロガー100人戦国トリップのオフィシャルブロガーとして神戸を2泊で旅行してきたもののふ庵、2日目の最後、今回の旅の最後に見る所は、この旅行が始まる前から決めていました。

今回の旅で、もののふ庵が最後に見たい、見ようと思っていたのは「神戸の夜景」

神戸市役所1号館24階は、無料で開放されており、地上から約100mの高さからの神戸の眺望が楽しめるスポットとなっているのです。

もののふ庵は、神戸の夜景を見るべく、旅の最後に神戸市役所に足を運びました。

神戸市役所から見る夜景

写真は神戸市庁舎からの神戸の夜景です。

何故、今回の旅の最後に神戸の夜景が見たいと思ったのか・・・これは、わが故郷を襲った先般の東日本大震災があったからです。

東日本大震災のあった3月11日、わが故郷の電気は全て止まり、仙台の街は真っ暗闇だったそうです。

電気がすべてやられた中、見上げる夜空は満天の星・・・ですが、そんな美しい満天の星空も、地震で無念にも亡くなられた方々の数だけ星が瞬いているようで、皆、不安で仕方がなかったそうです。

当時はテレビやラジオも使えなかったために、状況が全く把握できなかった故郷の皆は、この地震が果たして仙台だけなのか、はたまた日本全体なのか、何一つ解らないまま、暗闇の中で不安な夜を過ごしたそうです。

きっと・・・阪神・淡路大震災の時も同じだったんだろうな・・・と思いつつ、もののふ庵は、その状況から復興を果たした神戸の姿、すべてを失った所から復興を果たし、電気を一つ一つ、各家庭に1個づつ灯した証を見たい、と強く思ったのです。

神戸の夜景

そして、神戸市庁舎から見る夜景は、本当に本当に美しいものでした。

地上100メートルの高さから見る光は、どれも小さいものでしたが、その一つ一つの明かりを灯す為に、神戸の人がどれだけの涙を流し、どれだけ歯をくいしばって頑張ってきたかが伝わってくるようでした。

そして、その光の数の下に、どれだけ多くの無念の死があったか。。。

神戸の冬の名物詩に、ルミナリエがあります。

神戸ルミナリエの絵葉書

写真は今回、もののふ庵がお土産として買ったルミナリエの絵葉書です。

神戸ルミナリエは、阪神淡路大震災のあった1995年から毎年12月に行われている祭典で、鎮魂と追悼、街の復興を祈念して、震災で激減した神戸への観光客を呼び戻す目的で毎年開催されています。

少し意外だったのは、神戸ルミナリエが震災のあった年から始まったという事でした。

当時はまだ復興はおろか、復旧さえままならない状態だったはずです。

もちろん、皆が心の傷が癒えてない時だったことでしょう。

そんな中で、激減した観光客を呼び戻そうと、前を向いて新たな事、ルミナリエを始めた事に、少なからず感動しました。

我が故郷、東北は、今回の震災で、日本中、世界中から沢山の応援をもらいました。

中でも台湾からの応援は、日本中が感動のみならず、驚くほどの多大な支援をして下さいました。

また、ケニアでは、干ばつで深刻な食糧不足ににあえぎ、栄養失調で多くの子供が苦しんでいる中、ラジオを通して東日本大震災の事を知り、日本に何ができるかを真剣に話し合われ、村で獲れる数少ない作物である豆を支援物として送ってくださいました。

タイでは、バンコク最大のスラム街で、お金を出し合って集めた40万バーツ(約109万円)が日本大使館に手渡されました。(因みに、労働者の日当は250バーツ(約680円)だそうです。)

小さな子供たちによる支援活動も行われ、カナダではバンクーバーの6歳の女の子が、ボトルに募金活動を行っていたところ、地元紙がその女の子の活動を報じ、地域に活動が広がったそうです。

また、ロシアでは地方の村の子供たち10名が、悪路の中を数時間かけ、ウラジオストクまでバスで訪れ、日本総領事館に折鶴を届けたそうです。

アイルランドでは、タブリン市内で子供たちが自宅の前の歩道にテーブルを出して、手作りクッキーを売り、被災者の為の募金活動を行ったそうです。(たまたまこの場を通りかかった日本大使館員がいて、この募金活動を知ったそうです。)

この様に、私たちの知らない所、日本のみならず、世界中で数多くの支援活動が行われました。

この沢山の応援に応えるには、お礼を言うには、1日も早く復旧、復興を果たし、元気な姿を見せる事だと思っています。

東北は、これまでも幾度となく地震、そして津波に襲われてきました。

私の父は、今回の震災で自分の故郷が津波に飲み込まれるのを見るのが2回目でした。(チリ地震の時に、父は同じ風景を目にしていました。)

もう亡くなっていますが、父方の祖父母も同様に、生前は2回、自分の街が津波で飲み込まれるのを体験しました。(チリ地震と昭和三陸内陸地震)

私たちの先達は、これまで幾度も復旧、復興を遂げてきているのです。

亡くなられた方の無念の死を無駄にしないためにも、1日も早く復旧復興を果たし、そして、またいつか来るであろう震災への備え、「減災」を考える必要があります。

今でも、我が故郷の津波が襲った地域は、街一つがすっかりなくなった状態のままです。

ここに、一つずつ明かりを灯し、そして、いつの日か日本中、世界中の皆さんに、笑顔でお礼を言える日が来るよう、その日が1日も早く来るよう、頑張らねば!!

神戸の夜景に見る一つ一つの明かりは、必ず復興できる、皆が応援している、頑張れ!と励ましているようでした。

復興への誓い

最後になりますが、この企画を立てて下さった方々、旅先で出会った皆さん、神戸と有馬温泉の皆さん、本当に有難うございました。

2日間の神戸への旅は、想像以上に充実し、有意義なモノでした。

神戸の街と有馬温泉の素晴らしさを、つたない文章で綴ってきましたが、今後もあらゆるところで神戸と有馬の素晴らしさを伝えていく事で、万分の一でも皆さんへの恩返しになれば、と考えております。

そして、復興を果たした神戸の街の美しさは、私への何よりの叱咤激励となりました。

私は、自分を育ててくれた故郷の為に何をすべきか、もっともっと考えて、行動していかねばならないと思っています。

最後の最後になりますが、私のつたない文章を読んで下さった皆様、神戸の街の素晴らしさは、私の文章では伝わりませんと自信を持って宣言します。

是非、復興を果たした神戸の姿を、ご自分の目で見て、そして今後、天災で命を落とす人が一人でも減るよう、語って言って欲しいと思います。

そして、まだまだ我が故郷は皆さんの応援が必要です!

今後とも、どうぞ東北をよろしくお願いします。

心よりのお礼まで

もののふ庵