東日本大震災で、尊い命を無念にも亡くされた方々に追悼の意を表し、御家族を失われた方々に心からお悔やみを申し上げます。

2011年の3月11日以降、時間が止まってしまったかのような感覚の私・・・おそらく、この感覚は、津波が到達した地域に住んでいた友人知人の安否が全てわかり、そして、復興を遂げるまで、続くのではないかと思っています。(因みに、東日本大震災の時、私の通っていた高校の田んぼ4枚ほど手前まで津波はやって来て、そして、多くの同級生の家が流されてしまいました。同級生の安否は、その気になれば調べられると思うのですが、皆、怖くて聞けない・・・でも、いつの日か、命だけは助かって、何処どこに避難していたという報告が舞い込む、全員無事だったという報告が来ると信じ、その便りを日々、待っている状態です。)

東日本大震災を経験し、多くの命を失いましたが、同時に、人の心の暖かさを、人の心の深さを知るきっかけにもなりました。

特に、台湾からの支援に驚き、遠い異国から、こんなにも慮ってくれ、温かい手を差し伸べてくれる人がいたのか・・・と感動したのは、私だけではなく、日本中で心の琴線に触れた出来事で有ったと思います。

最近、若い人のニュースで、大変残念なニュースが続いています。

人の命を簡単に奪ったり、人の命を軽んずるかのようなニュースを見るたびに、東日本大震災で無念にも亡くなった方々の事を思ってしまい、やり切れない思いで一杯になります。

東日本大震災で亡くなった方々は、本当に無念で有ったと思います。

そして、被害に遭わなかった私たちは、無念にも亡くなられた方々の分も、生きなければならないと思います。

亡くなった方々の無念の死を、無駄にしない為にも。

そして、今、命を絶ちたいと考えている方がいるとしたら、絶対にあなたの事を応援している方がいる、あなたが困った時に、手を差し伸べてくれる人は必ずいる!と助言したいです。

東日本大震災の時、私たちに手を差し伸べてくれた台湾をはじめとする世界中の人たち。

ケニアでは、干ばつで深刻な食糧不足ににあえぎ、栄養失調で多くの子供が苦しんでいる中、ラジオを通して東日本大震災の事を知り、日本に何ができるかを真剣に話し合われ、村で獲れる数少ない作物である豆を支援物として送ってくださいました。

タイでは、バンコク最大のスラム街で、お金を出し合って集めた40万バーツ(約109万円)が日本大使館に手渡されました。(因みに、労働者の日当は250バーツ(約680円)だそうです。)

小さな子供たちによる支援活動も行われ、カナダではバンクーバーの6歳の女の子が、ボトルに募金活動を行っていたところ、地元紙がその女の子の活動を報じ、地域に活動が広がったそうです。

また、ロシアでは地方の村の子供たち10名が、悪路の中を数時間かけ、ウラジオストクまでバスで訪れ、日本総領事館に折鶴を届けたそうです。

アイルランドでは、タブリン市内で子供たちが自宅の前の歩道にテーブルを出して、手作りクッキーを売り、被災者の為の募金活動を行ったそうです。(たまたまこの場を通りかかった日本大使館員がいて、この募金活動を知ったそうです。)

この様に、私たちの知らない所で、数多くの支援活動が行われました。

私たちが知らないだけで、本当に本当に、世界中が被災地を応援してくれたのです。

この温かい手は、私たち東北人、そして、被災地の人たちの大きな心の支えとなりました。

東日本大震災で失われた命を無駄にしない為にも、温かい手を差し伸べてくれる人は必ずいる!という事を知って欲しいと思います。

そして、いつの日か、私たちに暖かいっ手を差し伸べてくれた世界中に、笑顔でお礼が言えるよう、一日も早い復旧、復興を目指し、私は自分に出来る事を精一杯行動していこうと思います。

東北に生まれ、東北に育った恩を胸に刻みながら

もののふ庵